【歯科衛生士が麻酔をすることができる根拠】
本学会ならびにセミナーで研修する、歯科衛生士の行う麻酔行為は、①すでに保険認可等、厚生労働省による歯科適応を有する歯科浸潤麻酔用の薬剤を用い、②通法に従い麻酔を行い、③歯科衛生士法第二条一に定められた歯科衛生士の業としての「歯牙露出面及び正常な歯茎の遊離縁下の付着物及び沈着物を機械的操作によつて除去すること」の流れの中で、歯科医師の指示(歯科衛生士法では指導と表記、以下同じ)により②の部分を行うものである。
1.歯科衛生士法との整合性
上述の通り、歯科衛生士法第二条一に定められた歯科衛生士の業としての「歯牙露出面及び正常な歯茎の遊離縁下の付着物及び沈着物を機械的操作によつて除去すること」(以下、スケーリング・ルートプレーニング:SRPと記す)は、当然ながら合法である。
歯科衛生士法第二条2において、「歯科衛生士は、保健師助産師看護師法(昭和二十三年法律第二百三号)第三十一条第一項及び第三十二条の規定にかかわらず、歯科診療の補助をなすことを業とすることができる」と述べられている。
従って、SRPのために行われる歯肉に対する除痛処置としての歯科浸潤麻酔(歯肉麻酔)が、歯科医師の指示による歯科診療補助行為であると解されれば、歯科衛生士による上記歯肉麻酔は合法と考えられる。
2.疑義照会に基づく厚生労働省医政局歯科保健課の見解
歯科衛生士による採血や抗生剤の点滴投与について、①歯科医師の指示の下で行っている。②十分な知識と経験、技能がある。③患者の不利益になっていないとして「今回のケースは法に触れない」との見解を示した。また、一般的に歯科衛生士が行うことができる行為は「ケース・バイ・ケースで判断する」としている。
歯科衛生士にどの程度の技能や知識があれば採血や投薬ができるかについて厚生労働省は「明確な基準はない」としており、実際に国会でも「歯科衛生士が行える業務を個別に列挙するのは困難」と答弁している。
したがって、上記①~③の条件を満たせば、疑義解釈の前例から判断しても、違法であるとは言えず、②に関しては、実際に指示を出す歯科医師の判断によるものとなる。
3.厚生労働省通知(出典)
麻酔行為について (昭和四〇年七月一日 医事第四八号) 日本麻酔学会長あて厚生省医務課長回答
麻酔行為は医行為であるので医師、歯科医師、看護婦、准看護婦または歯科衛生士でない者が、医師又は歯科医師の指示の下に、業として麻酔行為の全課程に従事することは、医師法、歯科医師法、保健婦助産婦看護婦法又は歯科衛生士法に違反するものと解される。
→歯科衛生士による麻酔に対する事実上の許可と解することができる。
4.日本歯科医師会の見解
歯科衛生士の業務範囲についての調査報告書(昭和61年、1986年2月18日)の18ページから始まる「5. 歯科診療の補助の業務についての考え方」で、25ページに歯石除去の場合の除痛処置について書かれている。
その中には、「歯肉への注射の手技は、訓練によってすぐできることであるし、歯石除去を適切に行うことのできる手技の熟練さがあれば容易であると考えられるので、その手技は歯科衛生士にとっては、その能力に応じて指示してもよい範囲と考えられる」と述べられている。
続いて「しかしこの場合、単に手技だけではなく局所麻酔薬の応用にともなういろいろの知識の充実が必要である」と追記されている。
なお、この件に関しても「この点については、従来の歯科衛生士教育ではやや不十分な点がないわけではなかったが、今回改正された教育内容および教授要綱(昭和59年 歯科衛生士養成所教授要綱の解説)では、とくにこの点についての知識が充実されるように組まれている」と述べられている。
このほか、スナップ印象の採得や、脈拍、体温、血圧の測定などの具体的項目に関しても論じられており、まとめとして同27ページから歯科医師の指示の目安が記載されており、歯肉浸潤麻酔は、歯科医師が歯科衛生士に指示できる行為として位置付けられている。
4.特定非営利活動法人日本歯周病学会の見解(2021年3月3日)(出典)
これまで日本歯周病学会は、歯周病の予防・治療をベースにした歯科衛生士による国民の口腔と全身の健康管理を積極的にサポートしてきました。歯科衛生士は歯科医師とともに安全な歯科医療を提供していく上で極めて重要な職種であり、その前提として、必要な知識・技術・態度を卒前および卒後教育で十分に修得することが求められます。その上で日本歯周病学会は、日本歯科医学会専門分科会のひとつとして、浸潤麻酔行為を含む歯周病治療に積極的に関わろうとする全ての歯科衛生士の活動を支援すべく、求められる情報発信や必要とされる教育機会の提供にこれからも尽力します。
5.特定非営利活動法人日本歯周病学会誌(2022年64巻3号)(出典)
歯周治療における歯科衛生士の業務範囲とその判断基準
*昭和30年から歯科衛生士の採血は合法。
*昭和40年から歯科衛生士の麻酔も合法(昭和四〇年七月一日 医事第四八号)追加。
*平成14年から歯科衛生士の点滴や静注も合法。
*平成27年から「直接の指示」から「直接の」が削除され「指示」へ。
6.一般社団法人日本歯科麻酔学会および特定非営利活動法人日本歯周病学会の歯科衛生士による局所麻酔行為に対する見解(2022年9月21日)(出典)
歯科治療において局所麻酔は治療中の除痛をはかるために極めて有効な方法であり、広く使用されています。局所麻酔法の一つである浸潤麻酔はごく一部の麻酔から広い麻酔領域を得るため方法を含む概念です。概ね安全に行われている方法ですが、成分に血管収縮薬を含むものもあり、全身的な偶発症が発現することがあります。このような場合、全身管理や救急処置について十分な知識と技術を修得した歯科医師が適切に対応する必要があります。
歯科衛生士は歯科医師とともに安全な歯科医療を提供していくうえで極めて重要な職種です。様々な歯科医療行為を担いますが、必要な知識・技術・態度を卒前および卒後教育で十分に修得することが求められます。現状では歯科衛生士を養成する教育機関では浸潤麻酔を教えている機関はごく一部であり、その教官も浸潤麻酔を歯科衛生士の業務と考えているものはわずかであったとの報告もみられます1)。このような現状を踏まえ、浸潤麻酔全般を現時点で歯科衛生士の業務とすることは困難であると考えます。その一方で、浸潤麻酔行為を含む歯科治療に積極的に関わろうとする歯科衛生士の活動は支援するべきものと考えます。全身管理の知識を含めた局所麻酔に関する知識・技術は数日の講習会で得られるものではなく、歯科衛生士の卒前・卒後教育体制を整備して対応する必要があります。両学会は今後もこの教育体制の整備に協力する所存です。
参考文献
1)厚生労働行政推進調査事業費補助金(厚生労働科学特別研究事業) 課題番号21CA2031 「歯科衛生士の業務内容の見直しに向けた研究」(出典)
4~6に示されているように、両学会の見解からは、浸潤麻酔全般を現時点で歯科衛生士の業務とすることは困難であるものの、浸潤麻酔行為を含む歯科治療に積極的に関わろうとする歯科衛生士の活動は支援するべきものと考えられていることがわかる。
これは、4で検討した日本歯科医師会の見解に照らし合わせても、浸潤麻酔全般ではなく、SRPの際の除痛に限局していることや、単に技術だけではなく、さらなる知識の充実が必要であるという見解にも合致するものである。
上記1~6の見解を踏まえ、本学会およびセミナーにおける研修は、教育体制の整備の一環として行われるものである。